他人の筆跡を真似てバレないことはあるのか?
「筆跡鑑定」というと,どんなことをするものだとイメージされるでしょうか?書かれた文字を見て,誰が書いたのか・本当に本人が書いたのか判断する,というイメージでしょうか。確かにその通りです。そしてそこからも分かるように,筆跡鑑定は他人が真似をして書いた文字と切っても切れない関係にあります。
ここでは,他人の筆跡を真似ることはできるのか,そして真似た文字がバレることはないのかについて考察したいと思います。
他人の筆跡を真似てもバレない方法はある?
これをお読みの方は,遊びでもいいので他人の筆跡を真似たことはあるでしょうか?それを人に見せてみたことは?最近では「中学生のころ綺麗な字を書くクラスメートの筆跡を自分のものにして,大事な書類を書く時など今でも使っている」という話がSNSで話題になったこともあるようです。
このような例なら問題はないでしょうが,他人の筆跡を真似てもバレない方法はあるのでしょうか?
真似する人が注意するポイント
他人の筆跡を真似する時,人はどんなところに注意して真似るものでしょうか?恐らく,線の長さ,線や折れの角度,全体のバランスといった「文字の形」が中心だろうと思います。そのほか強いてあげるなら,せいぜい書く時の筆圧くらいではないでしょうか。
筆跡鑑定で見破ることはできるのか?
では形や筆圧を真似た文字を,筆跡鑑定で見破ることはできるのでしょうか?結論としては「見破ることができる」と言ってよいでしょう。もちろん比較対象となるサンプルが必要ですが,筆跡鑑定を行えばほぼ見破ることができます。
いくら形を模倣しても,自分で気づいていない自分の書き癖があります。この書き癖を「筆癖」「筆跡個性」と呼びます。筆癖は基本的に自覚できていないので,いくら他人の筆跡に似せて書いても無意識のうちに自分の筆癖が出てしまいます。
また模倣する元の筆跡の観察が足りないこともあります。元の筆跡の持つ特徴を捉えきれず真似しきれないということが起こるのです。
文書によっては,他人のふりをしてその人の筆跡を真似て書くと文書偽造に当たります。これは犯罪ですので,やはり筆跡を真似ることはやめておいた方が賢明です。
筆跡鑑定の精度
筆跡鑑定を行う場合,精度を高めるために色々な方法を組み合わせて総合的に判断します。鑑定方法の網をかいくぐってだまし切ることは困難だと言えます。
筆跡鑑定では,偽造する側が注意・想像する以上に様々な点に着目しています。具体的には次の点が挙げられます。
- 筆跡個性…執筆者の文字に現れる個性,筆癖
- 筆跡個性の恒常性…筆跡個性が繰り返し表れること
- 筆跡個性の稀少性…確率的に珍しい筆跡個性が表れること
- 筆跡個性の無自覚性…筆跡個性は無意識のうちに表れること
筆跡を真似たとしても,初めから終わりまで,あらゆる文字に対して自分の筆癖を消して元の特徴を模倣するような集中力はなかなか続きません。結局これらの点のどれかにおいて「ぼろが出てしまう」ものなのです。
筆跡鑑定の方法
弊所を例に挙げると,精度を高めるために3つの方法を組み合わせて鑑定しています。
- 伝統的方法…筆跡を約50項目からなる要素に分け,比較分析・異同の判断を行う
- 計測的方法…長さ・角度・面積など数値化できるものを数値化して比較観察する
- 科学的方法…原本に光線を当て,筆圧や書き順を観察・異同の判断を行う
目視による伝統的方法ではグリッド線を利用,計測的方法では数値の比率計算を行うなど,客観的な手法で書き癖を浮き彫りにします。鑑定所によりますが,筆跡鑑定ではこれらの方法を組み合わせた上で字画・筆順・筆圧・配字・偽筆といった要素について鑑定しており,精度を高めています。
精度の高い筆跡鑑定を前に,誤魔化す方法はないと考えた方がよいでしょう。
筆跡鑑定とAI
AIやアプリなら精度の高い鑑定ができるのでは?とお思いの方もいらっしゃることでしょう。結論から言うと,まだその段階にはありません。最終的な判断を下すところまではAIの利用は進んでいません。とくにAIの鑑定の場合,どうしてその結論に至ったのかという根拠を示さない「ブラックボックス」問題が懸念されます。「ブラックボックス」問題については,以前書いたこちらの記事に詳しいです。
ただし先にお話した通り,鑑定における計測的手法や精度を高める手段として,データの集計などにはコンピューターが多用されています。
「筆跡改善」として筆跡を真似ること
「筆跡診断」と「筆跡改善」という考え方があります。「筆跡診断」は筆跡から性格や人物像を読み取るものです。「筆跡改善」は筆跡診断に基づき自分の筆跡を変えたりお手本や成功者の文字を模倣することで,深層心理を良い方向に変えられるとするものです。
筆跡を真似ることが文書の偽造に繋がる場合は問題です。しかしこの筆跡改善は必ずしも否定できないと言えるでしょう。真偽の程はともかく,筆跡を模倣することが良い結果をもたらす可能性があるからです。最近は「筆跡診断士」や「筆跡アドバイザー」という民間資格まであるようです。
ポイント|はらい,はね,偏と旁の隙間
筆跡診断と筆跡改善の解説を見ていると,筆跡改善でポイントとされるのは次の3点のようです。
- はらい…長めにはらうと,左払いは自己演出力,右払いは集中力・熱中しやすさがアップするとされます
- はね…豊臣秀吉や松下幸之助など,成功者ははねを大きく丸く弧を描くように書くそうです
- 偏と旁の隙間…間隔を適度に開けると包容力が強まり人間関係が改善されるといいます
おまじないのようにも感じてしまうのも事実です。しかし,もしもこれで本当に深層心理が改善したり開運したりすることがあるのなら,それはそれでいいだろうとも思います。
まとめ
細かいところまで他人の筆跡を真似したつもりでも,筆跡鑑定を行えばバレてしまいます。筆跡鑑定は,精度を高めるために伝統的方法・計測的方法・科学的方法を組み合わせて行います。またそこで注目する点は,真似する側には注意が行き届かないような点に及びます。偽造につながるような筆跡の模倣はやめましょう。
ただし筆跡を模倣することで深層心理を改善できるという「性格改善」という考えもあり,こちらは必ずしも否定できないものと言えるでしょう。
筆跡を真似るということは,弊所が行っている鑑定に直接関係するもので色々と思うところがあります。問題となる模倣・偽造などではなく,成功者の力強い文字や美しい文字の模倣にとどめておいていただければと思います。
筆跡鑑定と印章鑑定の研究用試料の作成:151回目
めっきり涼しくなりました。
本日は天赦日という縁起のいい日だそうですが,ここ横浜ですそれを表すような好天の朝を迎えています。
けれど空気が乾燥してきていますので,風邪をひかないように気を付けて過ごそうと思います。
最後までお読みいただきありがとうございました。
次のブログ更新まで,あなたと私に良い風が吹きますように。