筆跡と印鑑の偽造
偽造筆跡を筆跡鑑定で見抜く
署名等の筆跡が偽造された疑いがあるとして,筆跡鑑定を御依頼いただく方は年々増加傾向にあります。しかし,ペーパーレス化の普及などにより,職場や日常生活において手書き文字を残すことが少なくなってきているため,鑑定を行うための比較対照する筆跡が少ないことがあり,筆跡鑑定の難易度はじんわりと上がってきています。
また,他界された方では遺族や親族,関係者が過去にやり取りのあった手紙などを捨ててしまっていることが多く,遺言書の筆跡鑑定に支障をきたすことも珍しくはありません。
こうした状況の中,本人確認のための筆跡鑑定ではなく,疑わしい人物の筆跡を使って偽造の疑いがあるかを筆跡鑑定することがあります。
筆跡鑑定は真似された筆跡との戦い
筆跡を偽造する際に,偽造者が最も苦心することは何か。
それは「本人の筆跡に似せること」です。単純ですがこれが全てです。ですが,真似された筆跡が本人の筆跡に似ているからと言って「本人の筆跡である」と判断してしまうことがあってはいけませんから,筆跡鑑定では,筆跡が真似されることを否定せずに取り組む姿勢が筆跡鑑定人に求められます。
偽造筆跡の特徴
ご本人様の筆跡が自然体で執筆されたものであるとしたとき,偽造された筆跡はぎこちないことが多く,ほとんどの鑑定人はそれを見抜きますが,それを客観的に説明できる鑑定人はわずかです。なぜ,きちんとした説明ができないかというと,筆跡を偽造することの研究ができていないからです。
筆跡鑑定のための偽造筆跡の研究
執筆者が特定できる環境下で,その人に普段の文字を書いてもらい,次に御自身の筆跡と異なる書き方を「工夫して」同じ文章を書いてもらう。最後に,別の人が書いた筆跡を見ながら,それを真似て書いてもらいます。
書き終わったら,それぞれの筆跡を鑑定作業にかけて不変的な部分を洗い出し,執筆者の個性を特定します。それ以外の部分は自然体を基本においてブレ幅を観察します。全体に計測した数値を比較したり,比率計算したりするため,コンピューターでの作業が中心になります。
それを10人・50人・100人…と集積して,例えば平仮名の「あ」という文字を執筆する者の普遍的な不変性を確認していきます。同時に,偽造しようとするときに思いつく書き方をパターン化して分類します。イレギュラーな書き方は「希少性」として別枠にします。
この研究は「筆跡鑑定の研究用サンプル」を収集することで始めて可能になります。
印鑑偽造の実態
印鑑は「いつでも同じ印影になること=本人を証明することができる」ように作られた道具であるため,押印による印影は常に同じです。押印する人の押し方は個性に繋がりますが,それを重視している人はほとんどいませんし,重要とされてもいません。
印鑑偽造は大きく分けて2通りありますが,どちらも実物を使用して偽造されるため,防ぐことができません。
自作・発注ができるため横行する印鑑偽造
印鑑を自作で偽造する場合,コンピューターとプリンター,ソフトウェアなどがあれば可能です。印影だけの偽造も,印面を偽造することも両方可能です。会社の代表印のような細かい彫刻も難なく偽造できます。
ネット通販では,関係性を問うことなく社判を制作してしまうスタンプ業者がいます。つまり,とある会社の社員でなくても,その社名の入った社判を手に入れることができるのです。こうした偽造印は主に,領収証偽装に使われます。
印章鑑定のための偽造印鑑の研究
印章鑑定は「押印した覚えがない」という方が大半を占めます。次いで契約者が逃げてしまうことを防止する目的で押印の事実を認めされるための鑑定と続きます。どちらの場合でも,印鑑偽造は上記の通り容易にできてしまうため,まずは疑うことから始めます。依頼者にとっては失礼に当たるかも知れませんが,印鑑偽造が横行している実態がある以上,真偽のほどを見極める必要があるのです。
印鑑偽造を見破るため,実際に印影や印面を偽造します。違法行為にならないよう,ハンコ屋さんに制作してもらった実験印章を使います。印影偽造ではスキャニング偽造を行い,実際の印影との違いを研究します。また,印面偽造では道具や材料をそろえて実際の印影から印面を再現し,実印で押印したときとの違いがあるかを検証し,印章鑑定に応用しています。
偽造が通用しない鑑定を求めて
偽造に関する歴史はローマ時代までさかのぼれるそうですが,自身を有益にするため偽りさえ道具のように使うと考えれば,有史以前から行われていたものと推測できます。偽造や偽装はなくならないと思いますので,偽造や偽装を見破るために日々研究を重ねて行くしかありません。
ただし,ニーチェの言葉を忘れぬように。
怪物を敵に戦う者はそれによって怪物にならぬように注意せよ。そして、あなたが長く深い穴を見つめるとき、深い穴もあなたを見つめています。
Beyond Good and Evil Aphorism 146
https://en.wikiquote.org/wiki/Beyond_Good_and_Evil#Aphorism_146
筆跡試料の作成-78回目
本日,ここ横浜は気持ちよく晴れていて,世界遺産の富士山もきれいに見えています。雪を冠して冬が近づいていることを実感します。
過ごしやすい,いい気候になりました。一年中こうならいいのに。
最後までお読みいただき,ありがとうございます。