筆跡鑑定セルフチェック第8回
筆跡鑑定の実務的な比較観察その4
筆跡鑑定を行う際のチェックポイントとして,第7回目までは目の前にある筆跡の観察の仕方について書いてきました。今回は,対照資料執筆者の性別と,年齢による筆跡のはやりに関する考察を行ってみます。
「しゃもじ」という言葉がありますが,これは今でいう「おたま(汁物をすくう調理器具)」である「杓子(しゃくし)」という言葉を,室町時代ごろの宮中女官たちが「~もじ」という響きをおもしろがって言い始めた女房詞であると言われています。
現代では,昭和のころは「丸文字」がはやり,平成になって「長体文字」が主流となり,近年ではギャル語や絵文字など次々と新しい文字や言葉が出てきますが,大半は女性発信のものであり,女性の言葉いじりは日本のカルチャーであると言えます。
女性は筆跡を多く残す
日常的に女性の方が文字を執筆する機会が多く,筆跡鑑定の対象者として比率が高くなります。
どうしてそのようなことになるかというと,例えば夫婦間では,奥様が年賀状や手紙,芳名などを行うことが多く,旦那さんはそういったことを奥様に丸投げしていることが挙げられます。男性は仕事上の書類を書くことはあっても,家庭のことは奥様に任せるという風潮があり,男女平等の世とはなっても,こうした傾向は今も残るようで,何らかの書類に旦那さんのお名前が書いてあっても,比較対照する筆跡は奥様が別の書類にお書きになられた旦那様のお名前ということも少なくありません。
また,女性は手紙を書いたり日記を書いたりすることがお好きなようで,筆跡鑑定の対照資料として女性の書いた日記や手紙はよく出てきますが,男性の書いた日記や手紙は少ないものです。
鑑定資料と比較対照どちらにも女性の筆跡が多く,筆跡鑑定に使われる機会は多くなるのです。
筆跡鑑定の重要なポイント:時代考証
前述のように,女性の言葉には時代ごとのはやりがありますので,筆跡鑑定の際も注意深く観察する必要があります。
ご自分で筆跡鑑定をやってみよう。という方は,これまでに鑑定資料と対照資料の共通文字を抜粋し,横画や縦画,気宇の観察などを行ってきました。次は,対照資料の時代考証です。対照資料執筆者の年齢から,文字を覚えたころ(学生時代)のはやり文字の推定ができます。
筆跡鑑定における丸文字世代
一説によると,丸文字の最盛期は1978年から1983年頃までと言われており,そのころに小学生から大学生であった世代は1958年頃から1971年頃に生まれた方が該当し,男性は12,508,299人,女性は11,778,753人(統計局調べ)おり,併せて24,287,052人が丸文字の影響を受けた可能性があります。もちろん,文字のはやりは期限を持たないことや都心部と地方では伝搬するタイミングは異なりますのでこの方々をコア世代としてその前後,特に後進世代には長く引き継がれていると考えることができます。
2019年現在,コア世代の方々は48歳から61歳前後であり,実際に筆跡鑑定を依頼されたり,比較対象者となることが多いのですが,男女ともに丸文字の要素が残る傾向が見られます。
筆跡鑑定における長体文字世代
昭和の丸文字世代の後は平成の長体文字世代の登場です。これも一説によると1988年頃からはやり始め,現在にかけて続いているようです。そのころ小学生から大学生だった世代は1968年頃から1981年頃に生まれた方を筆頭に,男性は28,213,260人,女性は26,622,756人(統計局調べ:2004年まで)おり,併せて54,836,016人以上がその影響を受けている可能性があります。
この文字は意匠性が高くデザインや看板などにも使われるようになり,かなりの汎用性を持ちながらも,筆跡鑑定の現場では,男性の筆跡にはあまり見かけられないことが丸文字と異なる点です。
その筆跡は年齢相応のものか
時代ごとにはやり文字が異なるということは,筆跡鑑定を行う際には,鑑定資料と対照資料に係る人物の年齢を基にした時代考証が必要になります。
例えば,高齢者が書いた遺言書があるとして,その筆跡が長体文字であることは執筆者の年齢と筆跡の年代に違和が生じますし,子供のいたずら書きとされる筆跡が,現在では廃れている丸文字であれば,大人が書いている可能性が出てきます。
このように,鑑定資料と対照資料の組合せについても,それらの執筆時期に対する当事者の年齢や性別などを鑑みることが必要なのです。
筆跡鑑定では,はやり文字に惑わされない
上記のように,時代ごと,世代ごとにはやり文字があり,それが重なる年代の方もいらっしゃることから,時代考証は重要なのですが,はやり文字には,その文字を「丸文字」としたり「長体文字」としたりする文字形態の特徴がありますので,それを執筆者の個性と取り違えて異同の判断を行うことがないように気を付けましょう。
プロの筆跡鑑定人も陥る危険な「はやり文字」
プロの筆跡鑑定人でも,世代ごとのはやり文字の特徴を「執筆者の個性である」として,誤った鑑定結果を出していることがあります。こうしたことが起こる背景として,鑑定作業の時間を短縮するために,めぼしい文字をかいつまんで観察するという鑑定方法が挙げられますが,このような弊害をなくすためには,鑑定作業に時間がかかったとしても,鑑定資料と対照資料に共通している筆跡の全部を比較鑑定する鑑定方法を行う以外にありません。めぼしい文字のみの観察で鑑定結果を出している筆跡鑑定人は,鑑定方法を是正する必要があると思います。
このブログをお読みになっている「筆跡鑑定を自分でやってみよう!」という方には,プロの筆跡鑑定人が陥る危険性からも学んでいただき,正しい鑑定結果を得られることを期待しています。
今回は以上です。不定期連載ですが次回をお楽しみに。
110回目の筆跡試料の作成
先日の台風15号は関東に上陸し,現在も停電しているところがあるなど,甚大な被害をもたらしています。
ここ横浜でも恐怖を感じるくらいの暴風雨で,夜中,スマートフォンから聞こえる警報の音で目が覚めてしまい,なかなか寝付けませんでした。
来年のオリンピック開催時期に台風が来ないことを祈ります。
最後までお読みいただき,ありがとうございました。