実印を作る際の注意点
筆跡試料の作成-通算62回目
暑くなったり,寒くなったり,気候も政局も安定しませんが,皆様いかがお過ごしでしょうか。
ゴールデンウィークも終わりホッと一息。そして筆跡試料の作成も通算60回を数えます。筆跡試料には年月日と使用した筆記具の種類を書くのですが,回を重ねるごとに所要時間が短くなっており,今では開始した2016年8月25日の半分程度に短縮されています。
実印を作製してもらう際の注意点
春先は生活環境の変化に伴い,新規契約等が増える季節でもあります。特に新社会人の方は,この時期に実印を作成する方も多いと思います。今ではネット通販で安く,手間もかからずに実印を作製できますが,便利さの裏にある残念な結果に陥らないようにしたいものです。
実印をネット通販で注文することのリスク
ネット注文のリスクは,「イメージと違う」という,実物を見ずに購入することによるものが最初に挙げられます。ネット注文のサイトでは,印材(ハンコの素材)の説明や,直径や長さを表示してありますが,届いてみると,画像から得られるイメージと違っていることが良くあります。
次に,「印面に彫られた文字が気に入らない」というものです。ネット注文では,サイトにより仕上がりのイメージ画像をメールで送ってくれるところもありますが,「希望者のみ」というサービスが大半なので,注文の際にサイトをくまなく読む必要があります。
リスクとして少ないものでは,「印面がすぐに欠けてしまった」でしょうか。印材等は素人では見分けがつきません。「黒水牛」が,ほんとうに水牛の角であるかを見分ける方法はいくつかありますが,ネットの情報をもとにして販売店に問い合わせても,相手は玄人。言い負かされるのがオチでしょう。
人生で実印を注文する機会は少なく,まして初めての買い物であれば致し方ないことですが,一般的に一生付き合う"モノ”ですから,気を付けて発注したいものです。
鑑定人が体験した,実印作製の失敗談
当研究所では印影鑑定を行っているため,テスト用のハンコを必要とします。テスト内容は偽造の研究から,水没させたハンコがどのくらい膨張するか,直射日光に長期間さらした場合の変化をみるなど様々です。
これまでは,三文判や,印材のみを安く購入していましたが,あるときフルネームのハンコが必要になり,ネット通販を試してみようと,注文してみました。その販売店は20万本以上を手彫りで販売しているという,マシーンのような彫刻師がいるお店です。サイトの指示通りに進み,わずか5分で発注完了。あとは届くのを待つだけです。
一週間ほどして注文した”実印”が届きました。早速開けてみると,注文した文字の線が一本足りません。具体的には「馬」字の足に当たる4つの点画が3つしかないのです。人の名前を彫ってもらっていたので,足が一本足りないというのは縁起が悪く感じられ,早速メールで問い合わせました。
そうしたところ,「間違いはありません」「篆刻篆書字典にはそう書いてあります」の一点張りです。しまいには「これで納得しろ」と言わんばかりに篆刻篆書字典の「馬」字に関連した文字のページを写真に撮り,添付ファイルで送ってきました。
結局のところ,返金も返品交換も受け付けてもらえず,泣き寝入りです。購入金額は1万円を越えていました。
そもそも縁起が悪いと思っている訳ですし,これは偽造研究用として注文したものですから,ハンコそのものは大切に使うつもりでいましたが,そのハンコは全く無用となってしまい,塩を振って廃棄処分といたしました。
実印をネット注文した失敗の理由
最も大きな失敗理由は,ネットで実印を注文する際に,仕上がりを確認しなかったことです。その店舗では,作成前に「希望者には」メールで仕上がり予想図を送るというサービスがありましたが,サイトをよく読まなかったため,見落としていました。結局は自分に非があるのです。
ただ,事前確認の段階で「馬」字の足の数を指摘したところで,篆刻篆書字典を押し付けて「間違いない」の一点張りですから,希望通りにしてもらえたかは疑問が残ります。お客の顔が見えないネット販売ではよくあることですが,その販売店はネットから上がってくる注文票と,注文されたハンコの文字が,篆刻篆書字典にどう書いてあるかは見ていて,お客を見ていないなぁと思いました。
ちなみにハンコに彫る文字は印相体や吉相体,八方体などと呼ばれることもあるようですが,篆書体をハンコ用にデザインし直したもので,彫刻師が「彫りやすい」文字ということになります。それをもっともらしく「間違っていない」と主張されるのもどうかと思いますが。。。
実印作製は,町のハンコ屋さんがベスト
結局のところ私は,実印作製は最寄りのハンコ屋さんに赴き,店主と話しながら文字の形を決め,出来上がり予想図を書いてもらい,後日受け取りに行くという,手間と時間をかけるのが一番良いという結論に達しました。価格も,ネット通販の影響か,私が初めて実印を作製した30年ほど前と比べ,幾分か安くなっているようです。
偽造防止にも役立つ,手彫りの実印
これまでの印章鑑定で,手彫りで作製された実印を何本も見てきました。古いものになると,彫られた部分の深さが異なり,朱肉の付き方に差が出るような工夫がされていたり,横画(横の線)や縦画(縦の線)が交差する前後でわずかにずれていたり,又は,文字の線や輪郭線に,本来不必要な小さな突起が付けてあったりと,手彫りには偽造防止のためのアイデアが込められています。
ネット通販は便利で大変結構なことですが,実印は一生モノです。大切なシーンで必要になりますので,派手な宣伝広告や利便性,激安価格などを追求するのではなく,納得できる,しっかりとしたお店を慎重に選びたいものです。
最後までお読みいただき,ありがとうございました。