郵便物の氏名と住所は,手書きをお勧めします。
意外に少ない本人筆跡
筆跡鑑定の弱点は,比較する文字がないことです。
筆跡鑑定を通じて,いろいろなご相談やご依頼を受けていますが,ときには「鑑定不能」や,「鑑定困難」と判断することがあります。
その理由として,「本人の筆跡がない・少ない」ことや,「書かれた日付が古すぎる」ことが挙げられます。
このような場合,問題となっている書類と比較することができなかったり,困難であったりするため,せっかくご相談いただいても,お力になれないのです。
パソコン万能の時代の人々
ペンで文字を書くことが不要に
各家庭にパソコンが普及しだしたのは,ウインドウズ95が発売された頃からですが,同時にプリンターも安価になり,セット販売されていた時代がありました。ワープロソフトで文章を作成し,おっかなびっくり印刷してみて,その出来栄えに目を輝かせたものです。
そうした便利さの裏に「書字離れ」があります。「書字」とは「活字」の反対で,「手書き文字」を意味します。また,メールの普及により,年賀状を出す人が減ったという話題が,ニュースになっていたこともありました。
こうした時代の流れの中心に,「団塊の世代」の方がいらっしゃいます。現在(2016年)70代前後の方たちです。また,追随するように40代くらいの方までが,パソコン万能の時代の人々といえるでしょう。なぜなら,その方々が社会に出た頃に,家庭や仕事場に,パソコンが急速に普及し始め,「パソコンが使える」ということが,仕事のスキルの一つとなったからです。
家庭や社内からは,手書きの書類が消えてゆき,いつしか「履歴書はワープロで作成」という話題を耳にするようにもなり,書字は「読みづらい」という風潮になってしまいました。
近年では,スマホなどの普及により,パソコンの販売台数が減少傾向にあるというニュースを耳にすることもありますが,若年層の方には,パソコンを購入しない・使えないという方もいらっしゃるそうで,時代の流れの速さを体感しています。
自分が困る・家族が困る
筆跡鑑定を思い立っても,筆跡が見当たらない
そうした日常生活を送っている方に突如,筆跡鑑定が必要となるケースがあります。
- 全く身に覚えのない借金をしたことになっている。
- 亡くなった親の遺言書がおかしな場所から出てきた。
- 知らないうちに養子縁組されていた。
- いつの間にか預金が引き出されていた。
- 怪文書が出回り,自分が書いたと疑われた・・・理由は様々です。
ご相談される方は,これがご自身のことであったり,ご家族やお知り合いのことであったりしますが,筆跡鑑定は,調べる方の筆跡がなければ行えないため,必ず「本人筆跡」をご用意いただきます。しかし,いざ探してみると,手書きの書類が見当たらないとか,古い日付のものしかない,ということがあります。
これが現在,主に70代を中心として,下の年代の方に起きている,筆跡鑑定を不能若しくは困難としている問題です。
例えば,このブログをお読みいただいているあなたは,ご自身がお書きになられた,平成12(2000)年の筆跡を用意できますか?ご両親のどちらかの,平成22(2010)年の筆跡を用意できますか?
「できる」という方は,なんの問題もなく,筆跡鑑定をご依頼いただくことができますが,「できない」方は,一度も見たことがない,平成12年付の「金銭消費貸借契約証書」の借主欄に,あなたの名前が書かれ,実印があったとき,どうなさいますか?近年他界されたお父様の「遺言書」が突如出てきて,生前お父様がおっしゃっていたことと違う,極端に偏った内容だったら,どうなさいますか?
筆跡鑑定を封じられている場合,これを裁判で覆すことは容易ではありません。何気なく過ごされている,文字を書かない日常が,実はご自分やご家族を窮地に立たせることになるかも知れないのです。
日記や家計簿は,余りあてになりません
肝心な部分は,氏名と住所
筆跡が存在しない方の一方で,「沢山ある」という方もいらっしゃいます。中には,文字を書くことが好きで,毎日の日記をつけたり,几帳面に家計簿をつけたりしている方が該当します。
しかし,「遺言書」や「金銭消費貸借契約証書」の場合,本人筆跡として,日記や家計簿は余りあてになりません。なぜなら,自分の名前や住所を,日記や家計簿に書くことは滅多になく,また,自分が読めればよいので走り書きされることがあり,対照筆跡としての優先度は高くないのです。
実例として,10年間書き続けられるという日記帳を,本人筆跡として提出されたことがありますが,内容は,日々の生活の愚痴や,ご飯の献立についての記述,テレビで話題になっていたことや,ご近所の噂話などで,ひらがなが多く走り書きで,ご本人様の氏名や住所は一度も書かれていないというものがありました。こうしたものはたとえご本人様の筆跡であっても,「遺言書」などと比較できる文字は少ないため,あまりあてにはならないのです。
セルフディフェンスとして
日常生活の中で,予防策を講じる
いまさら,パソコンやプリンターを捨てて,手書きの社会や生活に戻ることはできません。生活スタイルを変えることは現実的ではありませんが,プラスアルファなら,ほんの少しの負担で予防策になります。
それは,年賀はがきや暑中見舞い,手紙などを,手書きにすることです。氏名と住所だけでもいいでしょう。
「そんな面倒なことができるか」と,おっしゃる方,なにも差し出す郵便物の全てとは言っていません。2~3通でいいのです。送り先は,近親者で信用がおける,若い方がいいでしょう。そして,保管するように話しておくのです。恒例にすれば,年度ごとの筆跡が蓄積され,上記のように,平成22年の筆跡が必要になっても,慌てなくて済みます。更に保険代わりとして一通,自分自身にも差し出しておきます。
郵便物には,消印が押されるため,そのときの筆跡であるという証にもなりますし,年賀はがきには消印が押されませんが,その年のデザインであるという履歴は残りますので,証拠とは言えませんが,否定する材料もないため,おおよそは当時の筆跡であると認められることでしょう。
また,暑中見舞いを間に挟むことにより,約半年ごとの筆跡が蓄積されますので,筆跡鑑定をする上で,大変コンディションの良い,本人筆跡となります。
是非ご参考ください。